
ホスピタリティが素晴らしい、インド料理界のオリエンタルランド
印度料理シタール
「バターチキンの完成度とコース仕立ての懐の深さが同居する、インド料理の教科書」
印度料理シタール——バターチキンの向こう側にある、インド料理の設計図
麹町のアジャンタ出身のシェフが厨房に立つ店、と聞けば、インド料理に少し詳しい人間なら背筋が伸びる。アジャンタは1966年創業、日本のインド料理史において避けて通れない店だ。そこで腕を磨いたオーナーシェフが開いたのが、この印度料理シタールである。

バターチキンという「入口」の精度
バターチキンが看板メニューだと知って訪れた。バターチキンは、インド料理の中では比較的親しみやすい位置づけにあるメニューで、観光客向けや客層を広げるための「顔」として使われることも多い。そのため、店の実力を測る指標としては軽く見られがちでもある。
ところが、ここのバターチキンはその前提を静かに覆す。
トマトの酸味とバターのコクのバランスが崩れていない。甘さに逃げていないのに、刺さるような辛さもない。鶏肉の火入れが均一で、繊維が残りながらも噛み切れる。スパイスの香りが後から追いかけてくる構造になっていて、一口目と三口目で印象が変わる。これは、ソースの層が丁寧に積まれているときに起きる現象だ。単純な「甘口カレー」として処理していない、ということがわかる。

バターチキンを入口として設計しながら、その精度を落としていない。これが客層の広さと料理の質を同時に成立させている理由だろう。
コースとして組み立てられる、という発見
一品料理とサラダ、タンドール料理を組み合わせることで、インド料理をコースとして通せる構成になっている。これは実際に体験してみないとわからない部分が大きい。
単品のカレーを並べるのではなく、前菜的な一品料理が料理全体の流れの中に意味を持って置かれている。食べ進める順番に意図がある、という感覚がある。インド料理をコースとして提示するには、一品一品の味の強度と素材の役割を整理する必要があるが、ここではそれが自然に成立している。
客の側が「コースを食べた」という満足感を持って帰れるかどうかは、皿の並び方と余韻の設計によって決まる。その設計が機能していた。
トリプルカレーセットと、季節の皿
トリプルカレーセットは、複数のカレーを一度に試せる構成で、店の引き出しの広さを確認するのに適している。一皿ずつの個性が立っていて、食べ比べの中で互いの輪郭が際立つ。似たようなベースで作られているのではなく、それぞれのスパイスワークが異なっている、ということが食べながら伝わってくる。
今春の季節メニューはゴア風シュリンプカレー。ゴア料理はポルトガルの影響を受けたインド西海岸の料理で、ココナッツとヴィネガーを使った酸味のある仕立てが特徴だ。このシュリンプカレーは、その特徴を押さえながらもしつこさがない。ご飯との相性が良いのは、ソースの水分量と酸のバランスが米粒を包むのに向いているからだろう。ナンでもいいが、ご飯で食べることで料理の輪郭がより鮮明になった。
季節のメニューを用意するという判断は、食材の調達と厨房のキャパシティに余裕があることを示している。定番だけで回す方が運営としては楽だ。それをあえてしていない。
ナンの大きさが意味すること
ナンが大きい、という情報は一見するとトリビアだが、実際に食べると印象が変わる。あの大きさは、単なるボリューム感の演出ではない。生地の厚みと面積のバランスが取れており、端まで均一に焼けている。タンドールの温度管理と、生地を扱う技術の問題だ。大きければいいわけではなく、あの大きさで均質に焼き上げることが難しい。

カレーと一緒に食べ切れる量かどうか、という設計も含まれているように見えた。
スタッフの動き方
料理の話と別に、フロアの動きについても書いておく。
押しつけがましさがない。案内、注文受け、料理の説明、どのタイミングも自然で、客が何かを必要としているときに近くにいる。これは偶然ではなく、フロア全体を意識的に見ている人間がいることを示している。
厨房の実力がフロアに伝わっているとき、スタッフは料理に対して自信を持って説明できる。その状態が成立していた。料理とサービスが別々に動いていないという意味だ。
全体を通じて
この店で食事をして、自分の店に戻ったとき、いくつかのことを考え直した。
バターチキンという親しみやすいメニューを入口にしながら、その精度を妥協しない。コースとして成立する一品料理の構成を用意する。季節のメニューで厨房の幅を示す。スタッフが料理と連動して動く。どれも当たり前のことだが、同時に成立させるのは容易ではない。
すべてが静かに、正確に機能していた。 私は、自分の店が窮地に立っていると思った時、シタールに立ち戻る。 ここは、インド料理界の良心であり、おもてなしの心はオリエンタルランドをも凌駕する。 私はこれからどちらを向いて歩けばいいのか迷った時の、道標がシタールだ。
店舗情報
印度料理シタール
千葉県千葉市〒262-0023 千葉県千葉市花見川区検見川町1丁目106−16
