同業グルメ
広東の職人が、ここにいた。

広東の職人が、ここにいた。

大珍楼 本店

中華料理
神奈川県横浜市

懐かしい広東の手法が、今ここに息づいている

コンセプト商品ホスピタリティ空間価格とにかくおいしい勉強になる
2025年10月26日訪問

有澤まりこ

株式会社サンラサー

東新宿サンラサーオーナーシェフ

有澤まりこ

大珍楼 本店――横浜中華街の大箱で、本物の広東料理に出会う

横浜中華街に来ると、どうしても観光客向けの派手な看板と食べ放題の文字に目が行く。大珍楼もその一軒に見える。広いフロア、にぎやかな客層、オーダーブッフェのシステム。外から眺めれば、よくある大箱の中華料理店だ。

だが、厨房の中身はまったく別の話である。

本国でも希少になった、オールドスタイルの広東料理

広東料理は中国料理の中でも特に素材の扱いと火入れの精度を重視する料理体系だ。海鮮を生かす蒸し加減、炒めの際の鍋の温度と時間、スープの引き方——これらは長い修業と経験によって身につくもので、若い世代の料理人には再現しにくい技術でもある。

大珍楼の厨房には、そのオールドタイプの広東料理を正確に作れる料理人がいる。「本国でも今はあまりいない」という評価は大げさではなく、実際に料理を食べれば伝わってくる。素材の選び方、加熱の判断、味の組み立て方——どれも現代的なアレンジとは別の軸で動いている。流行ではなく、技術の蓄積がそのまま皿に出ている店だ。

カレーという、スパイスの組み合わせと素材の状態を細かく観察する仕事をしていると、他ジャンルの料理でも「素材に何をしたか」が読めるようになってくる。大珍楼の料理は、そのレイヤーが非常に丁寧だ。

単品メニューを選ぶこと

多くの客はオーダーブッフェを選ぶ。それ自体は悪い選択ではないが、この店の本領はブッフェの枠外にある。単品メニューに、厨房の実力が正直に出ている。

特に海鮮料理は注目に値する。素材の鮮度と火入れのタイミングが合ったときの仕上がりは、素材本来の甘みと食感が素直に出る。過剰な調味で押し込めていない。引き算の発想で組み立てられた料理だ。

中華の炊き込みご飯も試してほしい一品だ。米への火の通り方、具材との馴染み方、全体のまとまり——炊き込みご飯はごまかしが効かない料理で、素材と技術がそのまま出る。ここのものは、ご飯の炊き方に対する判断が確かだ。

冬季には山羊鍋が登場する。山羊肉を扱える店は国内でも少なく、においの処理と火入れのバランスは経験のある料理人でなければ難しい。機会があれば必ず頼むべきだ。

予算とお任せという頼み方

8人ほどで訪れ、単品を中心にしこたま頼んだとして、一人あたり8,000円を超えることはなかった。横浜中華街の立地と料理のクオリティを考えると、この価格帯は正直なところ驚く水準だ。

おすすめの頼み方は、スタッフに予算を伝え、食べられないものを伝えて、あとはお任せにすることだ。「一人○○円で、これだけ人数がいます、○○は苦手です」と伝えれば、厨房の判断で構成してくれる。

お任せにすることで、旬の食材や、その日の状態のいいものが出てくる可能性が高くなる。メニューを自分で選ぶより、厨房の判断に委ねたほうが結果として面白い構成になることが多い。

大箱という形式について

大珍楼を「大箱の観光地中華」として処理してしまうのは、もったいないどころか間違いだ。あの規模の店舗を回しながら、厨房でオールドタイプの広東料理を維持するのは、オペレーション的にも人材的にも簡単ではない。

大箱にはコスト構造の制約がある。回転率を上げなければならない、食材ロスを最小化しなければならない、スタッフのスキルにばらつきが出やすい——こうした条件の中で料理のクオリティを保つことは、小さな専門店とは別種の難しさがある。大珍楼はその難しさをきちんとクリアしている。

規模と質を同時に維持している店を観察することは、どんな業種であっても参考になる。厨房の設計思想、メニューの組み方、人材の確保と育成——表に出ない部分に、長く続く店の理由がある。

横浜に行く機会があれば、中華街に足を運んでほしい。そして大珍楼に入ったら、ブッフェのメニューは閉じて、単品を頼むこと。できれば予算を伝えてお任せで。それだけで、この店が何者かはっきりわかるはずだ。 アフターコロナであり、経営ビザの発給が厳しくなる昨今、大箱中華を維持するのは難しいはず。でもその扉を開いて「単品でメニューを組み立てる」ことができるようになると、そこにはただの大箱中華ではない新しい世界が広がる。ようこそ。

店舗情報

大珍楼 本店

中華料理

神奈川県横浜市〒231-0023 神奈川県横浜市中区山下町143

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